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車椅子に乗った人を地下街から地上駅の改札まで送ってわかったこと

先日、ある女性が車椅子の人に声をかけて、車椅子を押すシーンを見かけました。


以前から、車椅子に乗って街の中を移動することは大変だろうなと、車椅子を見かけるたびに感じていたときに、偶然にも実際に車椅子を押させてもらう機会に巡り合った経験を記します。昨年のことでした。

車椅子を押したのは10分足らずの僅かな時間でしたが、大変さを実感できる貴重な体験だったのでご紹介させていただきます。

 

1.地下鉄改札前のスロープを車椅子が上がろうとしているのを目撃

 

ある日、会社からの帰宅時に大阪の地下鉄 OsakaMetro御堂筋線 梅田駅の改札前(ヨドバシカメラ入口近く)を歩いていたら、阪急電車 梅田駅方面に向かって改札前を移動する車椅子が目に入った。

乗っている人は手で車椅子の車輪を回している。車輪と言うのが適切なのかさえ私は知らない。それくらい車椅子には縁がなく、何も知らない。

車椅子はすぐに前方の緩やかな上りスロープに差し掛かった。
   

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1つ目のスロープ(閑散時間帯)


スロープに差し掛かったところで、車椅子が止まった。

 

  どうしたのかな?


理由は想像がついた。
帰宅ラッシュ時で前を歩く人が多く、車椅子の前にどんどん割り込んできて進みにくそうだ。


さらに、歩く人間(俗に言う健常者)にとっては何とも思わないスロープだが、車椅子に乗る人にとっては大変な力で車輪を回さなければならないだろう。

力を溜め込んでいるのかな?

 

2.声をかけてみた

 

気になったので、思わず声をかけてしまった

(相手が女性だったら声をかけることができたか甚だ疑問だ。下心があるように思われるとつらいから)


見ると20代半ばくらいの細身の男性だ。

ここではAさんと呼ぼう。体重は50kgくらいだろうか。カバンを1つ膝の上に乗せている。

 

声をかけてから、どこまでお伴することになるのか心配になった。

しかしあとの祭りだ。こんな考えで声をかけるのを躊躇する人が多いのかもしれない。

 

(ここの会話は関西弁で読んでほしい)

「押しましょか?」


「ありがとうございます」返事が返ってきた。

車椅子後部のハンドルみたいなものを左右1本ずつ握って車椅子を押す。

「押しますよおー」


「はい」


Aさんが僅かに身構えたのがわかった。

「毎日ここを通るんですか?」

「そうなんですよ」


「うわー、そらしんどいですねえ」

「確かにそうですわ。そやけど、慣れたらそうでもないですよ」

こんなやり取りをしながら、車椅子を押しながらスロープを上がった。

3.初めて車椅子を押す

 
実は、私が車椅子を押すのは、人が乗っているかいないかを問わず、これが人生で初めてだ。

「押しますよおー」と元気よくいったものの、押すときのチカラ加減がわからない。

ゆっくり押したが進まなかった。


足を踏ん張ってチカラをいれるとゆっくりうごいた。

やっぱり重い。重くて上がらんというほどではないけど、動かすのにかなり力がいる。

スロープの上りかけということもあるだろう。

Aさんはイライラしていたかもしれない。自分でやったらもっと早かっただろう。

普段Aさんは誰の手伝いも受けずに腕の力だけで車輪をまわしている。
頭が下がる思いだ。

 

私の考えとしては、初めて車椅子を押す機会に恵まれた人は、是非車椅子に座っている人とよく会話してほしい。相手の希望を引き出してあげてほしい。遠慮してるはずだから。

そうすれば、意思の疎通がしやすくなって、少しかもしれないが車椅子を押しやすくなるのではないかと思う。

4.雑踏の中で車椅子を押すことの難しさ

 
車椅子を押していると、周囲の動きが気になる。

こちらは周囲の歩行者にぶつからないように気をつけているのだが、歩行者がこちらを
気にしている様子はみえない。いや、明らかに気にしていない。中には避けてくれる人もいるが、僅かだ。


通勤ラッシュ時間帯は特に厳しい状況が続く。

 

歩行者とぶつからないように避ける、仕方なく止まるを繰り返す。

 

そのたびに車椅子にのってるAさんの身体は前後左右にゆれる。まさに闘いだ。


私のコントロールが下手くそだからだ。申し訳ない。最初にAさんが身構えた理由がわかった。


もしかしたら、よほどの厳しい状況に陥った時をのぞけば、Aさんはできるだけ他人の手を借りたくないのかもしれない。


他人が押せば、車椅子がどのように動くか予想できず恐怖を感じて、さらに非常に乗り心地が悪くなる場合が往々にして起こりうるのだろうか。

しかし、Aさんは人さまの親切を断れなかったのかもしれない。Aさんだけでなく、車椅子に乗る人のほとんどは、そう思ってるのかもしれない。


せっかく声をかけて手伝ってくれるひとの親切を無にしてはならない。そんな気持ちだろうか。

雑踏の中で翻弄されながら、先ほどのスロープをなんとか超えた。距離にして10メートルくらい。

 

5.やっと雑踏を抜けて闘いから解放?

 

 

1つ目のスロープをクリアしたら、すぐに2つ目めのスロープが来た。これも10メートルくらい。

先ほどの僅かな経験が生きて、こんどはスムーズに上がり、歩行者を避けるのも上手くなった。

いや、上手くなったのではなく、ゆっくり車椅子を押すことで他の歩行者に気づかせて、避けてもらう作戦だ。


Aさんごめんなさい、わたしにはこの作戦しかない、と心の中で思う。

2つ目のスロープを上がり切ったところから30メートルくらい進んだところで、
「ここを右に曲がってエレベーターホールに入ってください」と言われた。

頼まれると何となく嬉しい気がした。初めて会った人のために自分が役に立っていることが実感できたのだ。

 

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エレベータホール

  


さきほどのAさんの「慣れたら、そうでもないですよ」という発言以来、久々の会話が始まった。


「介助素人」の私が車椅子を初めて押す恐怖と闘うAさん、車椅子を上手く押せない不器用な私。


二人とも緊張のあまり会話していなかった。
地下鉄の改札前からここまでおそらく2分も経っていないと思う。しかし、長かった。


エレベーターホールに入ってエレベーター呼び出しのため上向き矢印のボタンをAさんが押した。

 

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エレベーター


エレベータは直ぐにやってきて、ドアが開く。中には誰もいなかった。

Aさんはスムーズに乗り込むなり、5階のボタンを押した。


地下1階からあっという間に5階についた。

エレベーターのドアが開くと、阪急電車の改札口とその向こうの電車が視界に入ってきた。

あとは、改札を通って電車に乗るだけだ。少し気が楽になった。

 

6.自動改札を通れない(ふたたび闘い)

 

Aさんは京都線の電車に乗るらしい。
京都線寄りの改札に近づく。もう少しだ。

Aさんを恐怖と心の苦痛から解放できる。私も緊張から解放される。

しかし、ここも歩行者が多くて思うように進めない。

改札に向かってゆっくりすすんでいると、突然目の前を女性が横切った。危うくぶつかるところだったが、なんとか回避できた。


腹の中で叫んだ(おい! アンタ、どこ見て歩いとんねん!! 気いつけんかい!)

 

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飛び出してきた女性(イメージ)

 

Aさんが車椅子の中でつんのめった。ごめんなさい。


さらに、まだまだ甘くはなかった。

改札前に到着したが、車椅子用の改札を通りたくても通れない!

少し前に到着した特急電車の乗客が改札目指して押し寄せてきて、途切れることなく改札を通っていく。

向こうからはこちらの車椅子が見えてるはずなのに、誰も足を止めて車椅子を通してあげようとはしなかった。

心優しい人はおらんのか? なんでや? なんで止まってくれんのや?
 

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車椅子が通れる改札(人が少ないときは通りやすい)

 

本来は私が動くべきだった。やっと私が気づいた。

自動改札機のところまで行って、改札口で向こうから来るひとを遮ぎるように立った。そしてAさんに早く早くと手招きした。

ホームから押し寄せてくる人たちがやっと気付いて、車椅子用の改札を避けてくれた。

Aさんは、いつもは改札からでる人が少なくなるのをまって、改札を通ってるらしい。
京都線ではなく京都戦やないかと思った。

Aさんがやっと改札を通ることができた。

電車に乗るまでついていこうとしたら、「ここまで来てもらったらあとは自分でできます。駅員さんもいますので。ありがとうございました」

お礼をいわれたが、実際のところは気を遣って遠慮されたのか、慣れないことが多すぎて面倒だから断られたのか?

Aさんは京都線に停車中の特急電車に向かって車椅子を進めた。私は見つめているだけだ。
後から、駅員さんが板をもってついていく。電車に乗るためのホームと車両の橋渡しだ。

Aさんも、私も、ひと安心。

地下鉄の改札前で声をかけてから別れるまで10分かかっていない。
頭の中では60分の体験だったような気がする。


慣れないことをして正直いって疲れた。でもやってよかった。私のためによかった。

 


7.インフラのバリアフリーと人の心のバリフリー

 

 

思い返せば、以前は身体に不具合を抱えていると思われる人に声をかけることに躊躇していたのに、最近はその躊躇する度合いが少なくなってきた。

   なぜか?

電車で席を譲るなど小さなことを繰り返して慣れてくると、声かけが苦痛ではなくなってくる。私の思い込み、エゴかもしれない。

声を掛けるのがある意味面倒なのは、やはり、一旦声を掛けたらどこまでお伴しなければいけないのかが、不安になるからだろう。

できる範囲でやればいいと割り切ることも必要だと思う。

最初に声をかけたあと、自分が手伝える範囲を最初にいえば、相手はハッキリ言ってくれることが多かった(昨年来の私の経験)。

要は無理しないこと。無理しなければ、続けることができる。

話をもどす。

地下鉄梅田駅の改札前から阪急電車梅田駅の改札前まで、インフラ面のバリアは2箇所の上りの緩やかなスロープだった。

しかし、歩行者との衝突しそうな危機、改札から出てくる大勢の人の波で改札を通れないもどかしさはある。

車椅子利用者を思いやることができるか、その人の立場を理解できるか。

バリアフリーが世の中で叫ばれるが、人の心のバリアが最も大きいような気がした。


これから先、人の心のバリアが低くなることを願ってやまない。